スポンサーサイト

--/--/--
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
comment (-) @ スポンサー広告

本年、最後のカラオケへ!

2006/12/30
昨日、唄った、うたったいろんな歌を、いつも行っているとこだけどけっこう
すいていたもっとも時間が早いせいもあるがしかしひところの事を思えば
カラオケ人口も減ったのかなあ、まあどうでもよいことであるが
いつもの歌をきっちり唄った。
新年のご挨拶記事は、明けて二日になる、今日より和歌山の串本方面へゆきます、太平洋に向かっての初日の出を迎えようと計画しており、午後の二時ごろ車で出発!皆様!どうぞ良いお年をお迎え下さいますよう!
スポンサーサイト
comment (4) @ 未分類

雪の舞

2006/12/29
朝、愛犬ボンと散歩に出かけた、空は青空も見えていた少し風が出て
寒さが体に入り込んでくるような厳しさを感じた、その時、青空から雪が
粉雪が舞い落ち始めた、だんだんに激しくなり地面が凍りついていたため
見る見るうちにうっすらと白くなり出した、おもわず「雪はふーるあーなたは
こない」と言う歌が口にでた、随分と古いうたである。
その粉雪も長続きはせづ空はもとの青空に戻った、もっとながく降ればあるいは雪景色がみられたのに少し残念!
今日は本年のおわりのカラオケに行こうと思う、ふるい「歌」を唄いに
年末に唄うのはまづは「雪国」それは「ことしもおわりですねえー」と言う文句がある、もう何年も前、生活が苦しく夜、ガソリンスタンドへアルバイトに
行っていた、それもちょうど年末である、
客がたてこみ汗をかきながらさばいていた時に雪が舞い込んできた!有線からながれて来る吉幾三の「雪国」苦しかったあのときの場面がいつまでも残っており年末のカラオケはこれを唄っている、そのあとは中島みゆきの「時代」である。
一人ごと「うたは世につれ、世は歌につれ」である!
comment (0) @ 未分類

今年もあとわづか!

2006/12/28
この冬は暖冬ですって確かいって無かったかなあ!
スキー場に雪が無いとまあわざわざ現地に行っての報道をやってましたが今日の予報はどうだ真冬に雪、大雪の恐れって気象予報士さん仰っておられます
スキー場さんホットしていることでしょうねえ。
冬は寒くて雪景色がやはりいいもんだと思う、寒いところで育ったわりに
冬は苦手な「身」も「心」も寒さに凍える?
四季はやはりくっきり春夏秋冬それぞれらしさが日本に合った風景だと
誰しも思うことあろう。ところで、冬の楽しみはなんと云っても「熱燗」でチビリ、チビリが最高!昨日、血液検査の結果がでた、全てと言っていいほど「異常」無し肝臓にいたっては元気はつらつ?きのうの酒のおいしいこと
とは言えほどほどを心がけようと思った次第であります。
comment (0) @ 未分類

年末にする事!

2006/12/27
休みになってゆっくりと体を休めたいと思うが中々そうもゆかず
「植木鉢」を家の中へ、はい!次はここを直して、そしてこんどは襖の張替えをします、という具合になんと忙しい事よ、このあいだ自分で漬けた
あかかぶでテレビを見ながら気にいりのさかづきで「ささ」をとの思いは
シャボンだまがこわれた見たいになりました。
しかし襖の張り替えはむづかしい、素人がやることだもんねえ、でこぼこが
いっぱいできて正月にはちやんときれいになるんだろうか!
次なる「指令」はなんでありましょうか、寒くなってきたー!
comment (2) @ 未分類

雨の日の暮れ!

2006/12/26
昼頃までは寒いと思わなかったがやはり季節です、それなりの寒さは用意を
して待機しておられました。
過日心をこめて植えた花菜!雨にふるえて今こそ我慢の時と耐えているように
風にも負けづに生きています。十二月、今年も終わりですなんと短い一年、待ってくださいちょっと、ちょっと止まってください!と願っても時は過ぎ日は過ぎ一年は去って行く、宇宙の進行におまけも差し引きもないあたりまえの事であるが、これが現実であろう、その現実を目の前にあるものを無視する人間の傲慢さよ、予報は「暖冬」しかし、いずこかの土地でどか雪、まるで地球が
生きているその証しをみせようとするがごとくにである。
まあとにかく一年の過ぎるのは早い、それだけ残り少ない人生がまるで霞んで
遠おくに見える「山」が近くに見えてくるようなものであろうと思う!
残り少ない年末の「日」をどう過ごすか!
comment (0) @ 未分類

愛犬ボンのこと!

2006/12/24
飼い主よりも年老いてしまったボン、シーズ犬の宿命らしいが目が見えにくく
紐なしでは歩けなくなってしまった、自分で歩かせると溝にはまってしまう
犬猫の先生に診てもらったが目はどうにもならないらしい、しかし
内臓はしっかりしていて長生きしそうとの事、餌も良く食べる。
昼間は鍵っ子<犬>である、帰ると喜んで走り回りボールをくわえて
相手をセよとせがむ、可愛いものである。
それにつけてもどこかの動物ランドの犬たちはそのごどうなったのか、
寒い冬をどうすごすのだろうか、人間による犠牲である「商業主義」にである
高齢化が進むにつれ動物たちの犠牲も増えてゆくのだろうか、悲しい事である
辛い事である。
comment (2) @ 未分類

アンナカレーニナを読んでー5

2006/12/23
「復讐は我にあり、われこれを与えん」アンナの生き方、自らの行いに
ためらいながら「心」の制御がきかづ「崩壊」の道へと歩み始める。
昨日、本間税調会長が辞任とニュースが流れた。
公務員宿舎に知人女性と同居、大学の教授で一国の総理大臣の信任を得た
重要なる任務がありながらである、さあマスコミの餌食になるぞ、「鮫の多い海」にそれこそ自ら飛び込むのとかわりはない。大学の教授にして「責任感」がまるで無い、多くの青年を前にしてあまりにもなさけなさ過ぎる、実際のところの内容はわからない真剣な「恋愛」であったのかも知れない、さて困ったもんだ。アンナはその道をこばみながらも女性としての「魅力」を発散させ
ウロンスキーをひきつける。短いが今日はこの辺で、つづきは明日へ!
comment (0) @ 未分類

あかかぶを漬けた!

2006/12/22
なにとはなしにというか酒のあてに美味いものを自分で一品をと思い漬物に
アタック、買い物におともをしてあかかぶをねだり自分で漬けた。一週間になった、どんなんかなーと一切れ口に!いけるじゃん、美味いじゃん、我ひとりにんまり田舎の酒もひとくち、うっどうだこの美味さは!
あかかぶをば少し薄めに切りつけそれから漬けるうつわに酒を少々砂糖も入れあとはタカのつめと塩をつまんで入れた、それにゆづを一個、皮もきざみ最後に昆布をちいさくチヨキチヨキと刻みいれた。先に切っておいたあかかぶを入れて漬物の作業は終わりそして一週間目に味見となったのであるタカのつめがよくきいている。自分で作った一品であります!少しおおげさである。

comment (0) @ 未分類

クスクス思い出し笑い!

2006/12/20
今朝の事、「おとうさんトイレのあと風呂の水を使ってねー!」って云われた
「はーいわかったあ」と元気の良い返事をかえした、トイレで朝の新聞を
見るクセいや習慣なのであるが、六カ国協議の記事「進展なんかあるもんか」と一人つぶやき、「ジャーガバガバー!」水洗コックに手が行った!
しまったーと思ったが勢いよく水は流れ行く「さっき風呂の水を使って!と
云ったでしょうが」と雷を覚悟!そーっと出たがなんと「幸運」なことに
近くにいなかった。そのまましらんぷりを決め込んだ、
昼にそれを思い出し可笑しくておかしくて一人うふふウフフと笑った、人の
目を気にしながら。歳のせいかねー!
comment (2) @ 未分類

寒い晴れの天気!

2006/12/18
いつも見る欅、ついに一枚の葉っぱも風に持っていかれたさむーい裸の王様?
十二月もあとわづか、つぎの春を思い寒い中で花菜を植えた、黄色い菜の花が恋しい。カマキリが寒い日陰で動かづじっとしていた、まるで「死」を待つばかりのようだ一年で終わる昆虫の世界。自然の営みは人間がどう変えようとも変らない変えようとする事は「地球」を壊す事に繋がる。
「心」の不思議さを思う、どんなことでも描く事の出来る心、地球の美しさ素晴らしさをも自由に瞬間に描ける。あたりまえじゃ!と云われそうだけど、
花を見てワーきれいーと言えるときは「心」の穏やかな「日」であり「幸せ」の時である「心」が何かに追われたり一つのことに憑かれたり行いが正しく
無いときはまるで「無感動」路傍の花を踏みにじっている。
韓国の映画「冬のソナタ」を見て冬の寒さ雪の冷たさがまるで感じない「冬」の素晴らしさが二人の中に溶け込んでいる。まさに心の置き所に拠る、見る
位置に由るそう感じる!
なにおつまらんことをと笑われそうこの辺でヤーメタ!
comment (2) @ 未分類

一年の締めくくり!

2006/12/17
今年、最後の田舎行きを実行!さすが寒かった、まさに歳だけに「冬枯れや夢は荒れ野をかけめぐる」一茶だったかの「句」がよぎる。
田舎ゆきの目的の一つは「酒」である、田舎の酒は私にとっては美味しくてたまらない「酒」である正月に舌で味わうひと時の幸せ、元気で新年を迎えたい。今年は自分にとっては「平凡」な暮らしの中の一年であったと思う、健康で旅行にも行き、なにか申し訳けないような気もしている。
今年の「漢字」は「命」に決まった!命の大切さ、概ねというか総体的に今の
ままでは良くないとの意思の顕れとみたい、「大衆は愚にして賢なり」昔こんな言葉を聞いた事がある、今年は悲しいような言いようのないことで若い「命」が失われた。来年は何とか明るく希望がもてる年になってほしい、
そう、心から祈るのみである。


comment (2) @ 未分類

アンナカレーニナー4

2006/12/12
午前中つめたい雨が降った。カマキリはオスと交尾のあとメスはオスを食べる
昨日、たしか二匹いたカマキリその一匹の下に足が二つ落ちていたメスが食べてしまった残骸であろう、壮絶といえばいいのか無残と言えばよいのか、
「不倫」は毒薬に等しいものか、アンナはそれを避けようとまるで自分の運命
に逆らうがごとくに振舞おうとした、後のレービンの妻になるキッチーはウロンスキーに婚約者として彼の愛をすべて受けられるものと思いそれを当然のこととした、舞踏会に女性の若き魅力を着こなしにふるまいに精一杯に表現し自づから鏡の前で満足した。すこしそれるが自分はダンスは苦手であるどうも運動神経の鈍さか足がついてこない相手の足を踏んでしまう、舞踏会なんては
経験の仕様もないのだが踊る人をみて自分は無理と決め込んでいる。
アンナの魅力その熟し切った魅力、女性の美のひらき切った容姿のまえにキッチーは怯む、当然に踊るべき相手のウロンスキーはアンナを選ぶ、「悲劇」を選びあがなう事のできえない運命の輪にはまり込んで行く。
昨日、カラオケにまた行った、どうしても唄うのは同じものになる。
美空ひばりの「津軽のふるさと」をわが田舎を思いながら唄った、「日本海」は、どうしても暗いイメージがある、しかし春過ぎの海は本当に美しい。ひばりさんは幸せだったんだろうか、涙を目にしながら唄っている姿が
目に浮かぶ、雪化粧の山陰はその人に想いを刻む、なぜか母のなくなった日と悲しみにくれた日が目に浮かんだ。さて、また次回にゆづろう!
comment (0) @ 未分類

アンナカレーニナー3

2006/12/08
むかしトルストイが読書と日記をつけていたことにより自暴自棄にならずに自分自身の真価を発揮できる活動の道を切り開いたとある。日記については私も若い頃にしばらくのあいだ付けていた事がある、なかなか続かないいつの頃かとぎれまた初めては途切れるこの状態である。本はいろいろと読んだと思う、本が好きになったのは小学校の四年生の頃の光景を思い出す。担任の先生が放課後になると、本を持ち教壇の椅子に座りそして十五少年漂流記を読み始めるとクラス全員が耳をそばだて聞き入った。その時のみんなの顔や心をときめかした教室をその遠いい昔がなつかしい。島やジャングルを想像しながらまさに手に汗をにぎる場面の多かった事、「今日はここまで、」と先生が読むのをやめた。つぎはいつ読んでもらえるのかと先生にねだったものである。あとは三銃士とか江戸川乱歩の本とか、本の面白さ素晴らしさのとりこになった。その先生に四年生、五年生、六年生と三年間おせはになった。
今の学校で先生が子供たちに本を読んであげる時間はあるのだろうか、ゆとり教育といいながら教え込まなくてはいけないカリキュラムに振り回される毎日が現実であろうと勝手に推察しているが子供たちの「心」をはぐくむそして「心」の健やかさを育てる事と共に「教科書」に取り組める教育現場であってほしい。昔の暮らしと今の世の中の進む度合いが違ってきていると思われるがややもすれば悪い方向へも少しは行こうとしてはいないだろうか、「詰め込み教育」イコール「無責任」「無気力」が増えることのないことを思う。ここで終わりそして次回へ!
comment (0) @ 未分類

秋も終わりの読書ー2

2006/12/03
さてトルストイは「戦争と平和」を完成して後、四年めにこの「アンナカレーニナ」に着手した完成は八年後である。レーヴインの名前で登場する貴族大地主これはトルストイ本人のことであるとしている。「復讐はわれにあり、われ
これを与えん」と書き出しの冒頭に一行ある。認めてもよいように思えるが
やはり一人の人間として道徳上において許されるものではないとしたアンナの「恋」であった。現代いまこの「不倫」に対しての見方というか感覚はどうなのだろうか?道徳、倫理の上からと言えば何を古臭いと言われそうであるが、決して「恋」を否定するものでもない、では、「不倫」の中身で良いものと悪いものがあるのであろうか。これはとてもむづかしい問題であり批評なしうるものでもないことであろう、しかしニユースになる内容はどであろうか子供のギャク体の事件で出てくる内縁の夫による暴力、このことは女性、男性の不倫による出てしまった一つの結果ではないのだろうか。この見方には少し無理があるかもわからないが案外と抵抗感なく受け入れられている「不倫」この行いはよい結果はまず出る事は少なくそれは家庭の崩壊につながり子供達の不幸への旅立ちに繋がって行くように思えてならない。アンナには夫、子供がいるがウロンスキーに惹かれよくないことと思いながら愛を受け入れてしまった。良くない事を越えて行ってしまうこのどうしようもない「心」この結果は
自分自身でどう決着をつけるかである、アンナは鉄道自殺によって結論を出した。人間の心に完璧はなくただ一つの「理性」によりそれに立ち向かう事が
可能である。トルストイは貴族であり大金もちであるしかし若き頃、理想を抱きその方向にチャレンジするが行き詰まりそれより、飲む、打つ、買うの放蕩生活に走り身を持ち崩す。親族の人たちからは、はみだし者のやくざと云われるようになってしまう。しかし、一見、世間並みの放蕩息子であるが彼の内部つまり心の奥には内省の念が育っていた。そうなった過程の因はなんと日記をつけ初めていたということである。日記をつける事は、つまりは自分をみつめることになる自分を見つめる時間を持つということになる、ここに「理性」が育ち
内省による自己完成に近づける努力の歩みが始まるということであろうか。日記に等しいこのブログを毎日つづけられるブロガーの自己完成?まことに素晴らしいものと云わざるをえない、日記は自己の成長の大いなる糧なのであろう。こんなこと書きながら自分のものぐさを笑いそして次回へ!
comment (0) @ 未分類
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。